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当たるも八卦、当たらぬも八卦。

さくらの開花予想はなかなか難しいものである。

気象庁に任される予報、警報等は随分と広い範囲に及ぶことがこの開花予想からも想像できる。

ざっと拾い集めただけでも毎日の天気予報から始まり週間、季節予報。さらには海上、台風、洪水、地震、津波、火山・・・そのあることあること。

それが何であれ発表する側ににはそれなりの責任が伴うもの。それは音楽のような分野にまで及ぶのだなぁ感じることが最近とみに増えた。

例えばあるアーティストのアルバムが発表されたとしよう。するとその評価の矢面に立たされるのはその本人のみならず制作に関わった人々(特にプロデューサーのような人)すべてなのである。もう少し進めると彼らはその売れ行きに一喜一憂させられることになるのである。

ましてやそれを定期的にしなければならない気象庁の予報官はさぞかしと同情を禁じ得ない。

今日たまたまさくらの花見を当て込んで繰り出してきた年輩の集団に出くわした。

今日はその天気予報では晴れるはずが生憎の曇り。しかも冷たい風が吹いてきてぽつりぽつりと来る始末。

青いシートを敷いて何とか宴を続けようと思っていたようだが流石に断念した模様。そそくさとと引き上げていくのが見えた。

そんな中でぽっと頬を染めた男性と会話を交わす機会があった。

こちらの「今日は花見ですか?」の間抜けな質問に彼曰く「いやいや蕾見です」との返答。花見の日取りを決めていたようで仕方なくの決行のわりにはなかなかの余裕。

自然の流れに身を委せるような彼のひとことにほっと一息ついた自分が見えたようなそんな気にさせられた。

| Copyright 2005,03,29, Tuesday 08:29pm MichioKawano | comments (0) | trackback (0) |

 

名物色々あれど

今日は久しぶりの名古屋。

もしや万博?とお思いの方それは早合点と言うもの。
とある方のお仕事のサポートでこちらに来たのである。

さて今日の東京は朝から素晴らしい快晴。しかしながらちょっと寒い。いやいやかなり寒かった。

出かける際に軽いアウターで出かけてちょっとしまったと思ったもののもういいやとそのままのいでたちで駅まで。どうせ向こうには昼頃に着くだろうしその頃には暖かくなっているなんてそんな感じで家を出た。

さて約2時間弱の旅で名古屋に到着。ゆっくりとホームに滑り込む新幹線の中から外を見ていた。

今や新幹線といえば「のぞみ」が主流。しかしかつては「ひかり」がその主役で随分と色々な型の車両があった。

最初は座席はリクライニングはしないでただ向きが変わるだけ。その後リクライニングはするもののお尻の位置が前にずれるだけで逆に膝のスペースが奪われ前につっかえてなかなかくつろげないシートだった。その後も次々と新しい型が登場して少しずつ快適性が増していったりと様々な事が思い浮かぶ。

それからいったい何年たったのだろう。

今や東海道から山陽そして博多。仙台、新潟に開通したときはそれまでの飛行機のことを考えればなんて早いんだろうと思った(ただし日帰りにされることも増えたけどね)。

それが今は秋田とか九州(車両はこれが一番好印象)新幹線とか。車両も様々である。

今日乗ったのぞみも最新型の車両。のぞみが運行し始めたばかりの頃は早いのは結構だが揺れて仕方ないと思っていたのが嘘のような快適さ。静かな車両から流れる景色を悠然と眺めていられるのである。

そののぞみが名古屋駅にゆっくりと到着。一応持ってきた上着を羽織って外に出てみると・・・いやなんと雪が降っているではないか。

みそカツ、天むすもいいが・・・いやいやひつまぶしだってあるのだ。しかしこんな日はみそ煮込みうどんが無性に食べたくなってしまうそんなことを思った名古屋駅だった。

| Copyright 2005,03,25, Friday 08:28pm MichioKawano | comments (0) | trackback (0) |

 

予兆

時々生まれ故郷で釣りをする。

勿論海のこともあるのだが川と言うことも多い。

南九州に位置する故郷の川は東京のようには整備されていなくて雑草もぼうぼう土手も土のままである。そんなところで父と一緒に釣りをするのである。

何が釣れるのだろうか?
鮎?

いやいやそんな高級な釣りなどは性分に合わない。と言うか道具もなければ技術も知識もないのであるからどだい無理な話。

川に持っていくのは細長いグラスファイバー製の釣り竿、針、糸、餌の差し虫(釣り用の蛆)、撒き餌そして魚籠(びく)ぐらいのものである。そしてのらりくらりと父のいつもの釣り場までついていって彼が指定した場所に釣り糸を垂らすのみ。何も考えていないのである。

撒き餌が効いてくるまでにほんの10分程度。川の上流めがけて投げ入れた浮きがゆっくりした流れに乗って中程に差し掛かった頃にはもうピクピクし始める。おもむろに釣り竿を上げればお魚ちゃんがぶら下がっているのである。

釣れるのは大体はハヤとかウグイとかそんなありふれた川魚。だが型の良い物は持って帰って母の手によって甘露煮となって食卓に並ぶのであるから馬鹿には出来ない。せっかく命を落としてくれたのだから有り難く頂くのである。

さてそんな川釣りをしてると急に曇ってくることがある。特に南九州はそう言うことが多いように思う。

そして曇ってきたなとおもっていたら冷たい風が吹いてくる。あぁやって来るぞ!とそう言う合図である。

四方を山に囲まれた釣り場の風上を見上げると雨がこちらに向かってやって来るのが見える。大概は暖かい時期に釣りをするので適当にやり過ごして雨が過ぎるのを待てばそれで良い。まぁちょっとしたスコールのようなものである。

今日もそんな予兆があった。勿論東京の話である。

今朝は起きたころからどんより曇っていて菜種梅雨という言葉がピッタリな天気。それでも午前中はなんとかもったもののちょうど正午頃に急に冷たい風が吹き出した。

でも周りを見渡しても何も変化は無いようである。やはり東京と田舎じゃ違うよなぁなんて思っていたらやってきた。

ボツボツ、ボツボツと大粒のやつが。あっという間にアスファルトの色が薄いグレーから濃いグレーに。

それは予兆と呼ぶには少々大げさかもしれないが、雨が降る兆し・・・いややはりそれは予兆だったのである。

| Copyright 2005,03,23, Wednesday 08:26pm MichioKawano | comments (0) | trackback (0) |

 

移ろう春の日

今日は暖かかった。

と言うよりむしろ汗ばむほどの陽気だったのかもしれない。そんな天気も春は気まぐれだ。午後からは急に曇ってきてなんだか肌寒くなってきてのだから油断は出来ない。

さて季節が変わろうとしているのはどうやら今住んでいる多摩地区だけではないようだ。

あなたの住む町もとかそんなことではない。最近ある放送局の行く末を巡って世間を騒がせているその事もそういったことの一つかもしれない。

金さえあればなんでもできるのか?

もともとお金というのは物々交換では何かと煩雑だということで生み出された便利な道具のようなものなのだと思う。それが前世紀から今世紀にかけてまるでゲームのようにやりとりされては我々を翻弄するようなことが時々起きている。

我々の身体に流れている血液のようにはたらくお金。しかしそれ自体には何の価値も本来は無いはずなのである。なのに日々それらに縛られあげくは自殺までしてしまうなんてことまで起きてしまう。いやはやお金様々なのである。

断っておくが某若手社長を名指しで批判しようなんて気はさらさらない。

いったこれは何なのだと思うわけでである。経済の事を取り扱った記事が毎日のようにニュースのトップの一角を賑わさないない日は無い。我々に経済は不可欠なのである、いや多分そうなのだろう。

でもこのまま経済(活動)は成長し続けて永遠に右肩上がりで行くのだろうか。それに関しては大きな疑問符をつけてしまいたくなる。いったい人間とはどんな存在なのか?経済(活動)はそれ自体が独自に存在していて何にも依存せずに存続可能なのか?

太陽は勝手に昇って我々を照らしてくれるのか?雨が決まった時期に降るのは当たり前なのか?家畜は食べられるためにいるのだから殺したい放題なのだ!人間の健康を維持するためには動物実験は欠かせない(但し自分のペットはだけは例外としていただきたい)!海水面が上がろうが知ったこっちゃない!金ならいくらでもあるから石油をよこせ!

ああ自分を含めて人間とはやっかいなものである。

そんな今日も例のカワセミは何も言わずに僕の目を楽しませてくれるのである。

| Copyright 2005,03,18, Friday 08:25pm MichioKawano | comments (0) | trackback (0) |

 

輝く青

今日も昨日に引き続き寒い一日だった。

それでも日差しさえあればそれほど寒さを感じずにすむのはやはり3月という月のなせる業。むしろ冷たい風さえも気持ちよく感じられるぐらいである。

その日差しは色々な物をより鮮やかに見せてくれるようになってきた。いや決して冬のあの日差しが嫌いなわけではない。でも移ろう季節の主役の一つはやはりその太陽光線なのかもしれない。

よく多摩川の話をするのだが、今日はそこに流れ込む支流の一つで昨日今日と続けて素敵な出会いがあった。

その川のほとりにある桜並木。勿論それが花を咲かすまでにはあと数週間ある。そこに小用足しにふらっと近寄るとその支流がちょうど見える位置に来る。

夜が明けるのは随分と早くなったものの太陽が高くなるにはまだ随分とかかるこの時期。午前の比較的早い時間だとその川に差し込む光も斜めに水面を照らして風情のある景色を見せてくれる。

そこに二日続けてそれはやってきた。以前やはり自宅近くの小川でオシドリを見たことがあった。その時もあまりの美しさに暫く見とれていた・・・というかこれが本当に東京という場所に実際に生息していることの驚きもあったのだが。

この二日続けて見たのはカワセミと言う鳥である。いや正確にはそれを見たときはそんな名前は出てこなかったのだが。だから自宅に戻ってから調べたらほほうこいつかと。

まぁ名前なんて言うのはどうでも良い(それは言い過ぎだが)と断じて。それはその斜めにさす3月の太陽に照らされて実に美しく輝いていた。警戒心が強いらしくすぐに遠くに行ってしまうのだが遠くからでもその美しさは十分に堪能出来る。

一度見たら忘れられない輝く青であった。

| Copyright 2005,03,14, Monday 08:24pm MichioKawano | comments (0) | trackback (0) |

 

揺れる枝

三寒四温とはよく言ったものだ。

つい先日までの陽気はどこに行ったのか今日の寒かったこと。

それでも日差しがあれば流石に春分も近いこともあってそれなりに暖かい。でもひとたび曇ろうものならいきなり冬に逆戻りだからたまらない。

三寒四温とは辞書で引くと中国東北部や朝鮮半島北部で顕著に見られる現象とのこと。海に囲まれ比較的穏やかな気候となっている日本ではこれぐらいの気温の変化はそんな地方からすればまだまだましな方なのかもしれない。

さてそんな寒い日でも時間さえ許せばチャリにまたがって多摩川を流しに行くのである。多摩丘陵の一角に住まいがあるせいでそこから多摩川までは暫く下っていくことになる。その途中に一人でぽつんと立っているしだれ柳がある。

春で一番好きな季節は色とりどりの花が咲き乱れる連休の頃よりは新緑が一斉に芽吹く頃である。それはほんの一週間ぐらいで終わってしまうのでのんびりしているとであっという間に過ぎていってしまう。近所の里山もあと少しで一斉に新緑の季節へと突入するので今からワクワクなのである。

そのことは数日前から気が付いていた。

今日もその冷たい風に揺られながもその枝はうっすらと緑色に輝いていた。新緑の季節に先駆けてその柳が真っ先に芽吹くのである。それは鮮やかなというよりは柔らかくて何とも言えない薄緑色の若葉をしなる枝に咲かすのである。春風に揺られてしなる姿のなんと優雅なこと。うっとりである。

しだれ柳といえばいつも流す多摩川コースにもやはり一本だけぽつんと立っている。ずっと桜並木が続いている先に一本だけそれがあるのだから不思議だ。

孤高を好む植物なのだろうか、それとも美しいものは群れること嫌うのか。
どうだろう?

| Copyright 2005,03,13, Sunday 08:23pm MichioKawano | comments (0) | trackback (0) |

 

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